泉鏡花

泉鏡花（いずみ　きょうか）1873年（明治6年11月4日）〜1939年（昭和14年9月7日）

小説家。

本名鏡太郎。石川県生。清次・鈴の長男。北陸英和学校中退。父清次は腕のいい彫金師で、母鈴は江戸葛野流の鼓打ちの娘。鏡花文学には父方の工人の血と母方の芸能の血とが一つになって流れている。母鈴は明治15年死去。

金沢のミッションスクール北陸英和学校に学ぶころ、貸本などにより多くの小説を読みふける。

明治23年小説家たらんと上京し、1年間巷を彷徨の後、24年尾崎紅葉の門人となる。

明治25年、京都「日出新聞」に『冠弥左衛門』を連載するが、好評とはいえなかった。

27年紅葉の添削を経て「なにがし」の署名で『義血侠血』(上演名「滝の白糸」)を「読売新聞」に連載。鏡花の、文壇への華々しい登場は、『夜行巡査』『外科室』の二篇が当時の有力な文芸誌「文芸倶楽部」に掲げられた明治28年で、「観念小説」と名づけられ、新進作家としての位置を確立する。この間、明治27年1月に父清次死去、祖母と弟をかかえて生活の困苦を味わい、自殺の誘惑にかられたこともある。

明治29年『照葉狂言』を「読売新聞」に発表、鋭い問題提起を示す観念的な作風から一転して清新な抒情性をたたえた世界を描き、やがて『高野聖』(明33)などにおいて師紅葉を凌駕するほどの人気作家となる。

明治32年現友社の新年宴会で神楽坂の芸妓桃太郎(本名伊藤すず、のちの競花夫人、奇しくも亡母と同名)を知り、恋情日々に強まり4年後に同棲。これが紅葉の耳に入り激しく叱責されるという事件が起こり、後年の作品『婦系図』(明40)の構想に深い影響を与えることになる。

明治36年10月尾崎紅葉没、再びすずと棲むようになるが、師に義理をたてて長く入籍をしなかった。

紅葉の没年ごろより活発になる自然主義文学運動の影響から、文壇的には不遇な一時期をもつ鏡花だが、能楽をはじめとする伝統文化と深く繋がるその世界は、華やかな色彩性、夢幻性をもち、『春昼春昼後刻』(明39)『草迷宮』(明41)など土俗の闇とかかわる幻想的な作品において特色を発揮する。

その一方で『白鷲』(明42)『歌行燈』(明43)『日本橋』(大3)といった風俗性の濃い作品でも優れた業績を示し、大正に入っては劇形式の作品において新生面を拓いている。

『夜叉ヶ池』(大2) 『海神別荘』(大2)から『天守物語』(大6)へと展開するのは、『婦系図』などの風俗小説の劇化とは全く異質の、超自然的な幻想世界の劇であって、近代演劇史にひときわ異彩を放っている。

他にこの時期の作品としては『由縁の女』(大8~10)『売色鴨南蛮』(大9)『眉かくしの霊』(大B)があり、昭和に入っては『薄紅梅』(昭12)『寝紅新草』(昭14)といった作品が書かれた。

そのしなやかな想像力は日本文化の古層にまで繋がり、風俗、幻想の両面にわたって綴られる耽美の系譜は、現代文学にも強い衝撃を与えている。